釣りの病的な状況?
釣り(フィッシング)というとバスフィッシングから入った人も多いことだろう。釣りや草野球にかわり、TVゲームが主流になって、公園からは小学生の姿が消え、ゲートボールのじいさんやばあさんばかりになった。釣り禁止どころかキャッチボール禁止とか、老人会以外立ち入り禁止の立て札さえ見かける。いったいこの国はどうしちゃったんだろ?近所の池では釣り糸をたれ、老人会に背を向けるダンディな老人もみかけるし、大人顔負けの釣りテクニックを披露する、フィッシング小僧も見かける。でも何かがちがう!と思えてくるのだが・・・。
釣りの位置づけが変化した
かつての釣りは、釣りの楽しみ+釣り上げた魚を楽しむ、という構図だったと思う。時代は変わり、釣りはひとことで言えばゲーム化して、釣り上げた魚を食べるという部分は無くなってしまい、ゲームフィッシングという単語が一般化している。これは、釣りや釣りを取り巻く環境にとって悪いことばかりでもない。ゲーム化した釣りは、明にコントロールされた遊びとなり、資源であるところの釣り魚を無闇に消耗することがなくなったのだ。これは釣りにとっても釣り魚にとってプラスだと思う。一方で、釣り上げた魚は間違いなく一部が死ぬ。一説によると釣り上げられた魚の1割程度は水に戻しても長くは生きないそうだ。
釣りの新流儀、キャッチ&リリースにもの申す
釣り上げた魚は原則として食べるのが原則で、ヘラブナ釣りなどの一部の例外を除いて、釣り上げた魚を持ち帰るのは釣り人の楽しみでもあった。これが日本の釣りの伝統的な流儀だった。今でも海釣りでは、釣り上げる→持ち帰るが当たり前だが、ここへきてこの流儀も崩れてきている。それどころかバラムツなどのはなから食べると危険な魚を釣り上げるジャンルまで人気をよび、スポーツフィッシング、ゲームフィッシングといった、釣り上げることが目的の釣りがいつか主流になるのかも知れない。しかし、釣り上げた魚が針を飲み込むなどして、長くは生きないことがわかっていたら、持ち帰って食べるのが礼儀のように思う。死ぬ運命の釣魚を水に戻すのは、ごみの投げ捨てと変わりはないのでは?